2019年11月05日

初の中国製ビスタ級クルーズ船   

トリンコマリーのエピソードは続けているが、久しぶりにクルーズ船の話をはさむ。Cruise Industryの伝えるところによると中国でなんとも奇妙な船が造られるようだ。

世界最大級のカーニバル・クルーズグループは上海のWaigaoqiao Shipbuildingと新造クルーズ船2隻の建造契約を結び、このほど完成予想図と模型を公開した。発表によると船はカーニバルのビスタ級を下敷きにした13万5千トンで2023年後半に完成引渡が予定されるという。面白いのはその外観で、船体にはAIDAクルーズの「目玉」ペインティングが施され、最上層にはコスタの黄色い二本煙突と、その基部にAIDAのロゴが描かれていた。それは将来さらに躍進する中国市場を睨んだカーニバルの多ブランド戦略なのだろうか。クルマに例えればフロントグリルにTOYOTAマークがあり、トランクリッドにSUBARUマークが光ってるという感じ。いまや航空母艦を国産できる中国だ。設計図付きのビスタ級の建造などお安い御用かもしれない。ちなみに建造費は1隻あたり7億7千万ドルという。(情報はCruise Industry Newsより)
  


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2019年11月01日

トリンコマリー エピソード2


トリンコマリーは古式な石造りの家に囲まれ係留されていた。渡り板をわたるとガンデッキ(砲甲板)だ。左右両舷に配置された18ポンド・キャノン砲が並んでいる。全幅は12.1mでアメリカのコンスティチューションより1.3mほど狭いが感覚的には同じくらいの広さに感じる。建造時には18ポンド砲が38門、32ポンド・カロネード砲を12門載せていたという。



問題はこの大砲だ。写真で見たときから「妙な色艶」が気になっていた。いま手でふれ、叩いてわかった。非常によく出来た樹脂製レプリカだった。大砲は重い。実物なら砲架含めて1門2.5トンもあるから50門載せたら大変な重量だ。








いくら丈夫な船でも無駄な重量を長い歳月かけられたらどこかに歪みが出るだろう。説明員に尋ねると、現在実物の鉄製砲は4門だけだ、という。ボクは大砲を叩いて廻ったがその通りだった。しかし叩かなけれわからないほど、よく出来た複製だった。






ここは国立博物館だが子供たちにも親しめるような展示方法にはずいぶんと工夫をこらしている。例えば昔の軍艦の乗員の生活ぶりの再現だ。艦長室の警護に立つ海兵。









烹炊場で調理する炊事兵、ハンモックで窮屈そうに横たわる水兵など様々な蝋人形が見学者を出迎えてくれる。人形たちはマダム・タッソー館に劣らぬ良い出来ばえだった。緑色の鉄柱は臨時の補強柱。気になるね。







船尾の艦長室は船の横幅全てを使って広々とした特等室だ。だが戦闘時にはこの部屋にも大砲を据えつけることもある。








張り出し窓の中は艦長専用トイレになっている。残る400人近い乗員は船首の露天共同トイレなんだから、艦長、司令官の特別待遇は大変なものだ。




砲甲板の後方両舷には士官個室が並ぶ。それぞれは寝台がひとつでいっぱいの広さだが、この船の中でプライバシーが保てる空間をもてるだけで天国だろう。個室に囲まれるようにして大テーブルが据えてある。会食に会議に、あるいはトランプや遊びに使われたのだろう。






艦内見学はかなり自由で船底まで覗かせてくれる。火薬庫のある最下層デッキは天井がかなり低い。こりゃパウダーモンキー(火薬運びの少年兵)が重用されたわけだ。火薬庫の扉は金属の接触による火花を避けるため銅板が張ってあった。でも暗いねえ。






インド産のマラバー・チーク材をふんだんに使った甲板。所々で見かけたねじり模様の支柱は、トリンコマリーの生地インド独特のデザインだとか。軍艦なのに装飾が許されるゆとりの時代だった。(トリンコマリーの話、次回に続きます)  


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2019年10月25日

トリンコマリー エピソード1  

ロンドンのキングスクロス駅から急行列車に乗って2時間半、車窓の田園風景にも飽きたころ小さな駅に停車する。そこがハートリプールだった。町の人口9万人、夕方には灯りが消える無人駅、駅前通りの商店街はシャッターの降りた店が多く、落書きが目立つさびれた海辺の町。10月のはじめ、ボクはこの町にやってきた。車窓から望む三本マストに胸をおどらせながら。

木造帆装フリゲート艦トリンコマリーは、この町の海軍博物館で繋留公開されていた。建造は1817年、フランスとのナポレオン戦争や、アメリカとの第二次独立戦争があった時代。フリゲート艦は40門前後の大砲と50名ほどの海兵を乗せた最小戦闘単位であり、主力艦隊の伝令役として、また船団護衛役として重宝な働き馬的存在だ。イギリスは世界に拡大した権益を守るため一隻でも多くのフリゲート艦が欲しい時代だった。

もともと質実剛健で実用本位な軍艦を造っていたイギリス海軍だが、実はフランス海軍のフリゲート艦の操船性能と速力に着目していた。そんな折、フランス海軍のHebe級フリゲート艦が拿捕された。イギリス海軍はこれを徹底分析して新しいフリゲート艦の規格を作り上げた。それがLeda級と呼ばれるフリゲート艦で、1800年から30年間に47隻の同級艦が建造されることになる。これから述べるトリンコマリーはただ一隻生き残るLeda級のフリゲート艦なのだ。


1隻の帆装軍艦を作るには大木が約2,000本必要だと言われた。16世紀から海上覇権を競ったスペインはもとより、イギリスもオランダもフランスも国内の木材を切り尽くし深刻な船用材不足にあえいでいた。そんな事情からイギリス海軍は木材資源に余裕がある植民地インドで新しいフリゲート艦を造ることにした。ボンベイ(現在のムンバイ)にはイギリスの東インド会社が経営する造船所がありインド人の造船技師もいて、これまでに沢山の大型船を造っていた。

イギリス本国から設計図が届くと、優秀なインド人造船技師ジャムセッシー・ボマンジーの監督下、インド産チーク材をふんだんに使って工事が進められた。船尾の彫刻に木材を鼻に巻きつけたインド象の姿がみられるのは、この船がインド生まれの証しだ。

1817年完成した新フリゲート艦はトリンコマリーと名付けられた。トリンコマリーはセイロン島(現スリランカ)の地名で、1872年この近海でイギリス海軍がフランス海軍に勝利した戦勝記念の命名だった。(トリンコマリーの話はつづく)  


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2019年10月17日

NCLで客が抗議のデモ  

9月27日サザンプトンを出航して「神秘のフィヨルド2週間クルーズ」に向かったノルウエイジャン・スピリット(7万5千トン:船客定員2千名)で大勢の船客が吹抜けホールに集まって「金返せ!」のシュプレヒコールをあげる騒ぎが起きた。


サザンプトンを出航したあと強風のため最初の寄港地ル・アーブルとアムステルダムを抜港した同船は、ノルウエイの寂れた港に接岸することで船客を我慢させた。その頃になると客室の排水装置が故障したことや、食材への不満が高まった。さらに船客たちが一番楽しみにしていたレイキャビック(アイスランド)寄港が中止になり、代わりにスコットランドのグリーノックが代替え寄港先になったものの、スピリットの大きさが規程を上回るとして現地港湾当局から入港接岸を拒否されベルファストに変更した。これで船客たちの不満に火がついた。

船長に説明を求める船客たちがメッセージ・カードを持って吹き抜けホールに集まり、「金を返せ!」とか「恥を知れ!」「我々を元に帰せ!」などと抗議の声をあげた。どうして寄港先が変更になるのか、船側の説明も不充分のようだ。ノルウエイジャン・スピリットの反乱はまだ続くようだ。(情報はcruisejunkie com.,Daily Mailより)P.S.この船、来年5月には宮古島、石垣島、台湾クルーズで日本にやってくるぞ〜。  


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2019年10月11日

ブレイクアウエイ 怪しい荷物で出航遅れ   


週末のマイアミ港ターミナルは乗船手続きのクルーズ船客で大渋滞。9月22日午後、ノルウエイジャン・ブレイクアウエイ(14万4千トン:船客定員4,000名)が接岸しているターミナルFで不審な荷物が見つかった。すぐさま警察と消防隊員が調査を開始。その間、全ての客の乗船手続きが停止した。折から残暑の日差しの中、待ちぼうけの客たちのイライラは募るばかり。やがて危険のない事がわかり乗船が再開。ブレイクアウエイは2時間遅れで東カリブ海クルーズに出発した。
強烈な台風19号が接近、上陸の恐れありというのに、のん気にクルーズの話なんて書いていていいのかな。ちょっと反省してます。  


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2019年10月09日

帆装フリゲート見物から戻りました 

8日間の駆け足旅行から戻りました。黒アゲハ蝶みたいに勇壮な英国艦、ブルボン蝶とでも名づけたい華麗なフランス艦(下の写真)。素晴らしかったな。その話はいずれとして今日はストックしてあったクルーズ船の話、のっけます。



火災あり故障あり カーニバルの2隻ご難 
9月20日朝、アラスカのグレーシャーベイ国立公園を航行中のカーニバル・レジェンド(8万5千トン)の船内に、とつぜん船内放送が鳴り響いた。緊急放送は船長の声で「第5機関室と第2排気筒で火災が発生し、消化班は直ちに現場に急行せよ」という内容だった。時刻は午前7時15分頃、まだベッドにいた客も多かっただろう。幸い火災はすぐに消火され大事に至らなかった。ボクも以前南米チリ沖を航海中に火災警報が鳴り響き、オレンジ色の防火服を着た消防班員がラウンジの中をドスドス駆けていく姿を見た事がある。怖かった!

9月23日、ポート・カナベラルを起点にナッソー、アンバーコーヴ、グランド・チュルクを5泊で廻るカーニバル・イレーション(7万トン)は、夕刻出航時刻になっても動かなかった。やがて船長からの手紙が全ての船室に届いた。「重大なエンジン故障が見つかり全力をあげて修理中です。しかし現状では予定の速力で航海できません。予定を変更しアンバーコーヴ、グランド・チュルクへの寄港を取りやめナッソーに火曜日の朝まで停泊いたします」船は客室あたり$100の船内クレジットと次回半額割引券を配ってお詫びした。(そんなもんもらってもカンベンできねえぞ!という客があるかもね)  


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2019年09月27日

どうしても見ておきたい  




すべては二年前この写真集を開いたときから始まった。
本のタイトルは
" HMS TRINCOMALEE
1817 Frigate"


ボクが木造帆装フリゲート艦好きになったのは40年も前、ボストンでUSS コンスティチューションを見たのがきっかけだった。世界には大切に保存されている古い帆船がいくつもある。ポーツマスの戦列艦HMSビクトリーは大砲を百門のせた最大級のものだが、惜しむらくは陸上に固定保存された、言わば「船の干物」である。


その点、コンスティチューションは港に係留された状態、つまり「イケス」の中で生きている保存船だ。第一次大戦以前のイギリスはアメリカをはるかに凌ぐ海軍国だったが、長い間コンスティチューションに匹敵する木造帆装フリゲートの保存船はなかった。第二次大戦後、落日の大英帝国は老朽化した現役航空母艦の新造すら躊躇する内状になり、往年の栄光を讃える歴史的帆装軍艦の復元に投じる予算は二の次、三の次だった。

そのイギリスが意地を見せた。2000年5月、帆装フリゲート館トリンコマリーを復元させた。今はイギリス北東部、北海に面したハートリプールの港に係留展示されている。写真でみるかぎり素晴らしい整備状態だ。コンスティチューションのような華々しい功績はないが、これは是非とも見ておきたい。というわけで来週ボクはイギリスに行ってきます。ブレグジットで混乱のイギリス。ゼネストやテロでも起きたら身動きできないかもしれないけど、見たいものは見たいのです。ついでにフランスに足をのばしてロシュフォールに保存されてる復元帆装フリゲート艦Harmione(エルミオーヌ)も見たいので、ひとり駆け足で英仏を廻ってこよう。その間ブログはおやすみしま〜す。


  


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2019年09月24日

ディズニーの5隻目 

船旅ならどんな船でも好き、と言いたいが子供客が多い船は敬遠したい。だからカーニバルやディズニーには乗ったことがない。でもナッソーの港でディズニー・ワンダーが汽笛で♬「星に願いを」のメロディーを鳴らしながら出航する様を見たときは、自らのタブーを破っても乗船したくなるほど感動した。ニクい演出をする船だ。

ディズニー・クルーズは現在8万トン級が2隻、12万トン級が2隻の4隻体制だが、このあと14万トン級を3隻追加する計画をもっている。そして2021年にデビューする新造一番船をディズニー・ウィッシュと命名する、と発表した。

ディズニー・ウイッシュは先行4隻のデザインを踏襲しつつ、より有害排出ガスの少ないLNG焚きエンジンを装備する。それでいて乗客定員は12万トン級並みの2,500名におさえている。船尾にはおなじみディズニーキャラクターのひとり、ラプンツェルがあしらわれるそうだ。残りの2隻は2022年と2023年にデビューする予定とか。ディズニーの願いは着々と叶えられているようだ。  


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2019年09月20日

クルーズ船もeパワー時代に 

かねてから注目をあびていたハイブリッド・クルーズ船ロアルト・アムンゼン(2万トン:船客定員530名)が就航した。

ロアルト・アムンゼンは徹底的な自然環境保存をめざすフッティルーテンの新造船。排出ガスの少ないLPG燃料の主機の他に特殊バッテリーを搭載、バッテリーだけで最大60分間の運行が可能で、将来完全電池駆動をめざす実験台になる。フッティルーティンは排気ガス問題の他にも海洋汚染の原因になる使い捨て容器の根絶にも留意し、プラスチック製食器やストローを使用しないと宣言している。このあとロアルト・アムンゼンの姉妹船2隻が相次いでデビューする予定。全eパワーのクルーズ船が登場するのも遠くないかもしれない。

ドイツのAIDAクルーズも、このほどアイーダ・ペリア(12万4千トン)をテストベッドにしてリチウム・イオン電池による補助推進システムの共同開発をコルバス・エナジー社と交わしたことを発表した。アイーダ・ペリアは2017年に三菱長崎造船所で建造した船。このスピードに日本の造船業会はついていけるかな?(情報はCruise Industry Newsより)
  


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2019年09月13日

出戻りグランジャー  



グランジャー・オブ・ザ・シーズ(7万3千トン:乗客定員1,950名)は、8月31日土曜日にボルチモアを出港してカナダ・ニューイングランド8日間クルーズにむかったが、1時間後とつぜん港に引き返した。しばらく点検したあと、再び出港したがまたすぐに引き返すと全ての乗客を下船させクルーズを中止した。どうやら推進装置の故障らしく、そのまま修理工場に入った。わずか一日のクルーズで出戻ったお客さんたちは怒っただろうな。(情報はcruisejunkie comより)  


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2019年09月06日

世界一周8ヶ月間クルーズ  


8月31日、バイキング・サン(4万7千トン:乗客定員930名)がロンドンから世界一周航海に出発した。これまでピースボートなどの世界一周クルーズは100日間前後が標準だったが、バイキング・サンの航海は245日間で、六大陸51か国111港のべ10万km以上の大航海。達成すれば最長期間クルーズのギネス認定記録になる。

バイキング・サンの世界一周ルートは英国からスカンディナビア、アイスランド、グリーンランドを経て北東カナダに至り、南北アメリカ大陸を大西洋沿いに南下して太平洋にまわり、今度は南北アメリカ大陸を西岸沿いに北上してロサンゼルスに入港。(ここまで127日間)そこから南太平洋の島々に寄りながらニュージーランド、オーストラリアを廻り東南アジア、インド洋、スエズ運河を経て地中海に進みゴールのロンドンに向かうもの。料金は最も安い部屋でひとり£66,990(約858万円)だが、どうしても長期休暇が取れないというあなたにはロサンゼルスで区切った半分コースの参加も可能デス。ギネス記録はどうでもいいが、あのバイキング・サンに八ヶ月間も乗れたら、ボカァ幸せだなあ。  


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2019年08月30日

ロシアでリバークルーズ船火災

8月23日早朝、サンクト・ペテルブルグに停泊中のリバークルーズ船で火災が発生した。船は五月から十月までの間、モスクワまで11日間クルーズに従事する4層デッキの客船。

火元はピョートル・チャイコフスキー号だが火は横並びに係留中の姉妹船セルゲイ・ディアギレフ号にも延焼した。船客240名と乗員80名は消防隊の誘導で船から脱出できたが、男性乗員ひとりの遺体が機関室で発見された。火災の原因と損害は調査中。(情報はCruisejunki com.Newsweek,PortNewsより)
  


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2019年08月23日

また女性キャプテン誕生!  

ヴァージン・ボヤージュのサー・リチャード・ブランソン会長は、来年はじめにデビューする同社の第一号船スカーレット・レディ(11万トン:船客定員2,860名)の船長にウエンディ・ウイリアムズさんを起用すると発表した。

ウイリアムさんはカナダのケベック州セプト・イル市の出身で、これまで28年間海員経験を積んできた女性。そのうちの15年以上が客船勤務だったという。ヴァージン・ボヤージュに女性船長は最初だが、すべてに斬新さを尊ぶ同社は船長職以外の機関部士官や保安担当士官、公衆衛生管理士官などにも女性を配していきたい、と述べている。「わが社の船にコドモ客はご遠慮いただく」とオトナのクルーズ船宣言をしているブランソンさん、やるね!  


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2019年08月19日

セレブリティのエンスト  


7月20日、シアトルを発ってケチカンに向かったセレブリティ・ソルスティス(12万1千トン:船客定員2,850名)が突然エンジン不調におちいり仕出港へUターンした。沿岸警備隊の調べによると同船は発電機の故障が原因で推進器と操舵機の動力が停止したためという。点検修理は午前一時以前に終了し、セレブリティ・ソルスティスは再びケチカンに向かった。動力を失っても墜落しないから船はいいね。(情報はKIRO7,cruisejunkie com. より)   


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2019年08月15日

船のプールで溺死? 

6月14日早朝、カリブ海クルーズ中のカリビアン・プリンセス(11万2千トン:船客定員3,600名)のプールに男性客が沈んでいるのが見つかった。

男性客はすぐさま水から引き揚げられ手当てをうけたが蘇生できなかった。男性の身元はアメリカ空軍所属のスティーブン・オザクエ少佐で夫人と共にクルーズを楽しんでいた。夫人によるとオザクエ氏は前夜プールサイドでのパーティで遅くまで酒を飲んでいたというが、詳しい事情はわからない。カリビアン・プリンセスはフォート・ローダデールへ引き返した。通常クルーズ船のプールの水深は1.4m程度だ。ここでの事故って意外に多いね。(情報はcruisejunkie com.,Sun Sentinelより)  


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2019年08月09日

P・O・アメリカにお別れ(ハワイクルーズ 最終回)


ナパリコースト沖でUターンしたプライド・オブ・アメリカはオアフ島まで約190海里をひたはしる。クルーズ最後の1日は船内いたるところでお別れイベントが始まった。例えば「最後のフランダンス教室と発表会」やブッフェでは「ハワイ料理特集」、プールでは船の士官と船客の「水中バレーボール大会」、船内お土産店では半額セールなどなど。



僕らは一週間ベッド下で休息させたスーツケースを取り出し荷造りを始めた。トランクには指定されたピンクの荷札をつけ、今晩11時までにドアの外に出す約束だ。明朝は洗面道具と貴重品だけ入れた小さなバッグだけ持って船を降りればいい。
最後の夕食はリバティ・ダイニングルームで済ます。食事から戻る頃、荷造り済んだスーツケースが廊下をうめていた。部屋には航海中にルームカードで支払った経費の請求書が届いていた。内容をチェックする。うむうむ、間違いはないぞ。







明朝は7時ホノルル着予定。6時に起きればダイヤモンドヘッドとワイキキのワンショットが撮れるぞ、と思って早寝した。ところが6時前、明るくなった窓に気づいてベランダに出たら船はもうホノルル港ピア2への接岸コースに入っていた。


定刻、プライド・オブ・アメリカは、一週間前に離れたときと同じ位置にピタリと接岸。総距離800海里(1493km)の航海、お疲れさんでした。ボクらはみどりさんの案内で手荷物をもって6階マルティグラ劇場で待機。20分も待たず下船OKがでた。この船はアメリカ国内航海だからパスポートも入国審査もない。そのまま船を降り、ターミナルで見つけた自分のスーツケースを転がしてタクシー乗り場に向かう。タクシー乗り場ではみどりさんが1台のタクシーを呼びボクらを手招き。ご親切にありがとう。帰心矢の如し、ワイキキビーチに背を向けて空港へ直行、日本行きハワイアン航空便に搭乗した。


あらためてプライド・オブ・アメリカを総括してみよう。ベルリッツでは「ファミリー・フレンドリーなリゾートシップ」として三ツ星評価している。図らずも日本のぱしふぃっく・びいなすも同じ三ツ星評価だ。(ボクはパシビに乗ってないので評価の妥当性はわからない)しかしPOアメリカは家族連れや若者で賑わう大衆船とは異なる落ち着きが好ましかった。食事やサービスもプレミアム以上のクルーズに慣れた人は不満かもしれないが、ボクは合格点をあげたい。どうしても外国船で日本食を食べたい人は別だが、レストランには日本語メニューがあり船内日本語新聞もある。みどりさんのようなベテラン・コーディネーターがいるかぎり船内の日々は万事心配ない。この船でオアフ島以外の素朴なハワイ旅行をすすめたい。ボクもまたいつかもう一度乗ってみたい船だ。  


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2019年08月06日

ナパリコーストの虹(ハワイクルーズ その11)


カウアイ島ナウイリウイリ停泊二日目。今日はいよいよ本クルーズの大目玉、ナパリコースト周遊だ。出航は午後2時なので,その前にカラパキ・ビーチとアンカーコーブ・ショッピングセンターを冷やかしに行った。場所は埠頭から車で7,8分の近さ。無料のシャトルバスが10分置きに動いていた。そこにはABCマートはじめお馴染みの店が軒を連ねている。ここでなければ買えない品はないし値段も特別やすくはないが、やっぱりおみやげを買ってしまった。

午後2時、プライド・オブ・アメリカはナウイリウイリの埠頭を解纜(かいらん)、ナパリコーストに向かった。ナパリコーストはカウアイ島の西海岸にあり映画ジェラシックパークの舞台として登場してから一躍有名になった景観だ。船はナウイリウイリ港を出て反時計廻りに進み、洋上からナパリ海岸の景色を見せてくれると言う。「いまの船長は船を陸地寄りに進めると言う評判ですよ」とはコーディネーターみどりさんの情報。これは期待しよう!

船がナパリに向かう時間を利用してみどりさんが日本人客に明日の下船手続きの説明をした。曰く「荷物は今晩11時頃までに部屋のドアの外に出しておくこと。会計の精算書が届いたら内容を確認し、間違いがあれば申し出ること」などなど。日本人客の中には(そんなことわかってるよ)という態度のご仁もいたが、みどりさんは何か問題がおきたときの窓口として頼りになるんだから、無視しては失礼だ。ボクは午後のフライト予定なので急いで下船する必要がない。というところでピンク色の荷物タグを渡された。


午後5時頃、そろそろナパリコーストに近づく頃だ。見物席の陣取りをしよう、とカメラを抱え14デッキに行きデッキチェアを二つもゲット。そのうちに見物客が増えてきた。めざすナパリの奇観が見えてきたが陸地側は雲に覆われている。これでも見えるのかなあ?心配になってきた。




5時半、船が陸岸寄りにぐんぐんと接近する。心配した雲はどこかへ去った。切り立った山肌を背景に海岸を並走するヨットがいた。マストの高さで奇岩の高さが推測できる。すごい景色だ。今ここにプテラノドンが飛んできても不思議でない雰囲気だ。






カウアイ島の自動車道路はナパリコーストで断絶してる。この景色は海から眺めるか飛行機の窓から眺めるか、いずれの方法しかないのだ。


ハワイの女神の粋な計らいか、瞬間、ナパリコーストに虹がかかった。ボクは夢中でシャッターを切った。虹は数分間で消えた。旅の目的が果たせたような爽快な気分になった。






気がつくと左舷甲板は見物人でいっぱいだ。デッキチェアを二つも占領していては申し訳ない。ボクらはひとまず部屋に戻ることにした。






やがて船は船首をゆっくり巡らせ、今度は右舷を陸側にさらして進みはじめる。

部屋は幸い右舷側なので、ボクはベランダの椅子に座り遠ざかる奇景をずっと見送っていた。このあと船はオアフ島に帰るコースにつき穏やかな航跡を長くひきながら走り続けるのだった。さあ、今夜は大荷造り大会だ!(次回で最終回)

  


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2019年08月02日

グランドキャニオンとは大げさな (ハワイクルーズ その10)


あくる朝、船はカウアイ島ナウイリウイリの埠頭に着岸する。二日間停泊の初日、ボクらは船が主催するワイメア渓谷見物ツアーに参加した。今回のクルーズでは唯一の日本語ガイド付きエクスカーションだ。20数名の日本人グループと一緒に大型観光バスで埠頭を出発した。さすがガーデン・アイランドと呼ばれ緑豊かなカウアイ島だ。ユーカリの樹林がトンネルのように茂る道をひたすら走る。




ポイプの海辺では潮吹き岩を見物。近くの住宅街でこんな標識をみっけた。「野良猫や野良ニワトリに餌をやらないでください」だって。見ればあちらこちらにチャボ位の鶏が闊歩している。ガイドさんによれば庭先に玉子が転がってることもあるとか。











かれこれ1時間も走り、今日のハイライトであるワイメア渓谷に到着。ここからバスを降りて展望台に向かう。

息を切らせて高台に登る。見えた!これがハワイのグランド・キャニオンと称する渓谷の眺めだ。(グランドキャニオンはちょっと大げさだなあ)でも火山島ならではのちょっとした景観だ。


危険だから柵の中側に入らないでください、という注意書きを無視して崖っぷちに接近する観光客たち。こういう人はどこの国にもいますな。

このあとバスはおきまりの土産物屋に寄り午後2時ころに埠頭の船に戻った。明日はカウアイ島最大の見せ場、猛々しい岩山がそびえるナパリコースト見物だ。(続く)
  


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2019年07月30日

ピースボート2隻体制に 

「地球一周の旅 」で知られるピースボートは来年4月から2隻体制になるようだ。現在オーシャン・ドリーム(3万5千トン:船客定員:1.350名)1隻で運営されているが、新たにもう1隻ゼニス((5万2千トン:船客定員:1,340名)が白塗りをして加わる。

オーシャン・ドリームは元コスタ・トロピカーレの名で1982年にデビューして充分に働いた船。ゼニスは1992年にセレブリティ・クルーズでデビューした後、スペイン語圏の人々に人気のある「チップのいらない」大衆的料金システムのプルマンチュアに所属していた。ゼニス はオーシャン・ドリームより10歳若いせいか、ピースボートでの料金はゼニスの方がちょっと高いようだ。ピースボートは自前の低公害エコシップの新造計画を抱いているが、当分はオーシャン・ドリームゼニスの2隻体制でころがすようだ。なんだかリーグ存続をねらうJ1チームがアラ50の元日本代表選手を二人も補強したみたいだなあ。(情報はCruise Industry Newsより)  


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2019年07月26日

クルーズ船の夜(ハワイクルーズ その9)



カイルア湾で抜錨したプライド・オブ・アメリカは夕焼け空を追うように一路最後の寄港地カウアイ島へ向った。カウアイ島ナウイリウイリ港までは237海里(439km)、こんどのクルーズでもっとも長い行程だ。






最上階デッキはいつもひと気がないので写真を撮るのに都合がいいが、時にはスケッチをしてる女性やひおり太極拳をしている男性を見かける。






夕食はイタリアン料理のラ・クッチーナを予約したら、なんと8時15分まで待つことになった。それまでステージでものぞいて時間つぶしをする。ハリウッド劇場ではジョエル・メイヤーのマジックショウ。驚くほどの内容ではなかった。見終えてから一階上のマルティグラ劇場に行きハッピー2ギャザーの歌謡ステージをのぞく。サイモンとガーファンクルなど60年代のなつメロ・オンパレードだ。いずれもB級タレント(失礼)だがそこそこ面白かった。



ショーの途中で8時15分に気づいて夕食にゆく。ラ・クッチーナは11階にある。雰囲気、味とも合格点をあげてもいいが、通路脇のテーブルが減点だ。ここではスキャロッピーナ(子牛のステーキ)をメインに頂いた。レストランの印象は「ヤム・ヤム・ヤム」と銘打って別に書いた。



船内には何ヶ所かのラウンジやバーがあり、コーヒーやソフトドリンクは有料だ。そこでは毎夜ハワイアン、JAZZの生演奏が演奏されている。この晩6階ピンクシャンパンバーではIZ特集をやっていた。IZはボクも好きな伝説のハワイアン・シンガー。つい足をとめ、しばし聴きいる。ちなみに船内で売っていたIZのCDは$15.45で、ホノルル空港の売店では$19.95。マウイ島のショッピングセンターでは$14.45で買えた。島々の物価は複雑だ。

フリースタイルを標榜するNCLだからドレスコードはゆるい。夜でも男は襟付きシャツとズボン(きれいならジーパンでもOK)に靴、女性はスカート、スラックス、サンドレスで充分だ。しかしタンクトップ、ランニングシャツ、穴開き汚れジーンズや帽子のままのダイニングルームはいけない。どうしてもおしゃれしたい人は、三日目の夜が1日だけのフォーマルナイトが待ち遠しいだろう。船長と一緒に写真を撮るチャンスもある。先に述べたがこの船にはカジノはない。夜はひたすら静謐である。タキシードやロングドレスの客にはついぞお目にかかれなかった。(またつづく)  


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2019年07月22日

コスタ、ヴェニスでニアミス  

七夕の7月7日、巨大なクルーズ船がヴェニスの岸に衝突しそうな情景がYou Tubeで流れた。

船はコスタ・デリヂオーサ(9万2千トン:船客定員2,826名)。折からの強風のもと見通しの悪いヴェニス港を離れ、うねうね曲がりのジウデッカ運河を警笛を連呼しながらゆっくり進んでいた。前後をタグボートが伴走してるのだが横風に押されて岸辺に寄せられ、あわや河辺のレストランを押しつぶしそうな情景だった。大山鳴動したが結果は事故もなく、コスタ・デリヂオーサは事なく次の寄港地に向かった。「荒天により航路の迂回を指示された結果の出来事でした。わが社の船長はいかなる状況下にあっても船を確実に操船できます」とはコスタ・クルーズの広報係の弁。う〜ん、島に接近しすぎてぶっつけたコスタ・コンコルディア座礁事件は忘れてませんぞ。(情報はYou Tube、cruisejunkie com.より)  


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2019年07月19日

カイルア コナ(ハワイクルーズ その8)


ヒロを出港したプライド・オブ・アメリカは、翌朝ハワイ島の南岸カイルア・コナ沖に投錨した。今回のクルーズでは最初で唯一の沖泊まりだ。本船からカイルア桟橋までおよそ1海里(約1800m)もあろうか。上陸したい船客はテンダーボートのお世話にならねばならない。ここでは火山見物とコナコーヒー農園観光が人気で船主催の大型バスもでる。

船は右舷を島に向けて風よけになり、右舷側のテンダーボート(救命艇)を次々と海面に降ろす。波はほとんどない。昨日ヒロに停泊中、クルーたちがテンダーボートの操作訓練をしていたが今日はその本番だ。しっかり頼むよ。テンダーボートの船体には定員150名と書いてあるが、普通はそんなに詰め込まない。




海辺の小さな木造レストラン、奇怪な木像が守る荘重なネーティブの聖地、クック船長が原住民に殺された受難の入江、高台に広がるコーヒー農園、コナには思い出深いスポットがいっぱいある。





もうずっと前の話、バブリー・サラリーマンだったボクは妻と三人の子供を連れ、コナの町外れのリゾートホテルに数日滞在し、すっかりこの島のファンになった。


だが、ン十年ぶりに訪れた町の昔の面影はかすんでいた。カイルア桟橋近辺のホテルは空港近くの豪華なホテルに客を奪われ、車でなければ不便な郊外に大型ショッピングセンターが出現すると、古い町の旅館や食堂はいっぺんに陳腐になり、老朽した建物を見かけだけ新しい看板とケバケバしい張り紙で装うところが多かった。
ボクは懐かしい思い出が溶けないうちに町の散策をあきらめ早々に船へ戻った。カイルア湾では白い観光潜水艇がしきりにテスト航行を続けていた。  


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2019年07月16日

自家用砕氷クルーズ船 

「お口直し」にハワイクルーズ以外の話をはさみます。自家用ジェット機に彼女を乗っけて隣の国へ遊びに行く(という)社長がいるほど、日本でも自家用ジェット機はなーんにも珍しくなくなった。だがロシアでは自家用砕氷クルーズ船を発注する社長が現われた。すげえな!

その人はロシアの銀行家オレグ・チンコフ氏。チンコフ氏が発注した船は6層甲板をもち南北極洋、アラスカ海域も航海できる構造。後甲板にはヘリコプター2機を収容できるフライトデッキもある。船客12名と25名のクルーが乗って40日間の連続航海が可能だという。建造費約1億ユーロのこの船、2020年には完成し引き渡される予定。オーナーが乗らない期間には週69万ユーロ(約8460万円)でレンタルしてもいい、と言ったとか。(情報はcruiseship portalより)  


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2019年07月12日

ビッグアイランド(ハワイクルーズ その7)


ハワイクルーズ三日目は、マウイ島停泊の二日目だ。昨日はマウイバスで遠出したから、今日は歩いて近くの店まで行こうということになった。下船してガイドブックと船の新聞を頼りに歩く歩く。20分ほどでWHOLEFOODSという大型店に着いた。生鮮食料品のスーパーマーケットだ。船の規則でアルコール類は一切持ち込めない。ソフトドリンクもダメ。辛うじて飲料水は一人1ボトルまで許される。生鮮野菜や果物の持ち込みもご法度だ。





大型店の外に手芸品を並べたフリーマーケットがあった。そこでボクは木彫細工のカエルを買った。付属の棒で背の突起を撫でるとコロコロ可愛い声で鳴く。木魚効果で実にいい声です。









四日目の朝、船は三つ目の寄港地ハワイ島ヒロ港に着岸した。ヒマワリの葉みたいな形をしたハワイ島はハワイ諸島のなかで一番大きな島。ヒロは島の北側にあり埠頭もなかなか立派です。ここでの停泊は半日で夕方には出港して島の南側にあるコナに向かう予定。その間に火山見物や熱帯植物園訪問などいくつものエクスカーションがある。いずれも一人100~250ドルが必要。元気とお金がある人にはおすすめしたい。


以前に火山見物をしてるボクらは近くのスーパーマーケット探訪することにした。埠頭からウオールマートが手配した無料シャトルバスに乗ると15分間ほど走ってショッピングセンターに着いた。まあ広いことデカいこと。ほんの一部分しか廻れなかったが、日用品や食品の値段は安くない。輸送費がかさむ絶海の島々だもの当然だ。

昼過ぎ船に戻ってアロハカフェで昼食を済ませ、食後の運動は最上階デッキでシャッフル・ボードとゴルフのパター遊び。そのあと連れそいはククイナッツを使うレイ作り教室にいき、ボクは部屋のベランダに陣取って写生や読書や昼寝やら。至福の時間を過ごした。  


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2019年07月09日

ヤム・ヤム・ヤム…(ハワイクルーズ その6)


プライド・オブ・アメリカには12ヶ所のレストラン(食事どころ)がある。うち6カ所は無料(クルーズ料金に含まれている)だが後の6ヶ所は有料だ。(カバーチャージは飲み物別で一人$30程度)食事は自分が食べたいときに行けばよいが、時間帯によっては待たされる。待ちたくなければ無料レストランでも席を予約すればよい。6階フロントにはレストラン専用の予約カウンターがあり、一度で航海中全レストランの予約が可能だ。


無料レストランを列挙するとカジュアルなスカイライン(574席)、クラシックなリバティー(417席)が本格派。朝昼晩気楽なブッフェ式をお望みならアロハカフェ(680席)がある。ここは11階で見晴らしもいいが少し騒々しい。ボクはもっぱら朝食だけをアロハカフェでとった。




もっと簡単なバーガー、ホットドッグなら24時間営業のキャデラック・ダイナーと12階にキーウエストがある。(どちらも騒々しいのでボクは行ってない)無料レストランなのに予約が取りにくいという評判のアジア料理店イースト・ミーツ・ウエストには行った。ここでは辛いスープ、揚げ春巻き、イカリング揚げ、酢豚を注文した。酢豚の肉がボクには少々歯ごたえがあったほか特に感動するほどのものはなかった。(右の写真)




有料レストランはビストロのジャファーソンと、イタリアンのラ・クッチーナに行った。(左の写真はリバティで二回も注文したひらめのフリット。高級肉厚アジフライみたいでグッド)従業員の日本語理解度は低いが、アロハカフェを除き、どのレストランにも日本語メニューがあるから心配ない。





ボクはスカイラインとリバティにジェファーソンでオニオングラタンスープを食べ比べた結果、最もボク好みに合ったリバティに軍配をあげ三晩リバティに通うことになった。(右の写真がジェファーソンのオニオングラタンスープ)




ラ・クチーナで食べた白豆スープとパスタは平均点だが写真の子牛のスキャロッピーナは美味しかった。(ステーキハウスのキャグニーとブラジル風BBQのモデルノ・シュラスコや鉄板焼き、寿司バーは行かなかったので省略する)






日本寄港の外国船には東南アジア系の従業員が多く、ヨーロッパ海域では東ヨーロッパ系従業員が多いなか、プライド・オブ・アメリカはまた異なる空気である。従業員950人には37カ国の人間が働いているそうだが、その75%はアメリカ人で特にハワイ州の住民が多くフレンドリーで根っから陽気だ。(クルーズ料金がやや高いのはその辺りの影響かな)乗客には一人一日あたり$15.67のサービス料金{つまりチップだが7日間では$109.69(約12,000円)}の請求がある。ちなみにハワイ州の法律によりこの船にはカジノと免税店がない。  


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2019年07月05日

夫婦げんかのあげく…   

6月17日の夜、ジェノバに停泊中のMSCシービュー(15万3千トン:船客定員4,130名)から乗客が海に飛びこむ騒ぎがあった。

飛び込んだのはアイルランドから来た43歳の女性客。どうやら夫婦けんかの果てのハプニングで、7階からおよそ20mほど下の海にジャンプした。時刻は夜の10時頃だったが、たまたまその様子を目撃していた男性クルーが素早く海に飛び込んで女性を救出した。女性は陸上の病院に搬送され診察を受けたが命に別状なしとのこと。助けたクルーはサモア島出身のタラ・バイロロさん(21)で、このあと船内で彼の勇敢な行為を讃えて、ささやかな表彰パーティが開かれた由。まあ旅行中の夫婦げんかは珍しくないが(?)周囲にはとんだ迷惑な話。でも停泊してる船でよかったよかった。(情報はcruisejunkie com,Crew Centerより)  


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2019年07月02日

ハワイ諸島のバージ(ハワイクルーズ 番外)

プライド・オブ・アメリカは毎週ハワイの4島を訪れているが、乗せてくるのは観光客ばかり。貨物は何も運ばない。では島で欠かせない食料雑貨日用品や自動車、大型電化製品などを運ぶのは誰だろう?島々に飛行場はあるが自動車を載せるほどの大型機は飛んでない。

旅の二日目、ボクはマウイ島カフルイ港で珍しい船をみた。Matson Lineの大型のバージ(はしけ)だ。バージ自体はエンジンもスクリュウもないからタグ(曳き船)に曳かれて移動する。このバージはおそらくホノルルから100海里余(約200km)の海を渡って来たのだろう。





このあとバージは曳き船の巧みな操船でプライド・オブ・アメリカの船首をかすめるようにしてコンテナヤードに着岸した。簡単な覆い屋根の下は数段の仕切り棚があり、色々な雑貨がきっちりと積まれていた。

4日後、カウワイ島のナウイリウイリ港でまた別のバージを見た。このバージは覆いがなく、コンテナーや自動車が露天積みになっている。船が前後左右どちらに傾くこともなく、この姿で太平洋を乗りきる為には経験豊かなステべ(荷役専門業者)の職人技が必要だ。


バージは難なく接岸すると、すぐさま自動車を自走させて降ろし、次に大型ホークリフトが乗り込みコンテナーの陸揚げをはじめ、夕方までにはほとんどの荷下ろしが終了した。ヒマ人のボクはこの様子を船室のベランダから飽きずに見物していた。  


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2019年06月28日

ひょうたん島だよマウイ島(ハワイクルーズ その5)

ホノルルを出港した翌朝、目覚めると船はマウイ島カフルイ港の埠頭に接岸していた。

初めて訪れるマウイ島。ボクはラハイナ訪問しか考えてなかった。ラハイナはむかし捕鯨帆船が集まった港。その風情は残ってるだろうか? マウイはひょうたん形をした島で、カフルイはくびれの上側にあり、ラハイナはくびれのほぼ下側だ。カフルイからラハイナまでタクシーなら40分程度だが料金は片道$50以上する。船が主催するエクスカーション「ラハイナ自由散策」のバスは往復一人$59。あれこれ調べて格安なプランを見っけた。

それは「島営」のマウイバスに乗るテだ。公共交通機関のない島が島民のために運行する有料バスで12路線も走ってる。バスは住民税を払ってないボクら観光客も利用でき、料金は一回わずか$2! 乗車券1枚で2路線以上の乗り継ぎも可能だ。これを利用しないテはない。(写真はバスの天井にある非常口。バスが横転したときなどの緊急脱出用なのだが、アメリカ人はこれを潜り抜けられないほどおデブちゃんが多いよ)



ところがマウイバスは埠頭には来てくれない。港から5分ほど離れたクイーン・カウフマヌ・センターにあるバス・ターミナルまで行かねばならない。そこは島きってのショッピングセンターだ。(写真はまだ開店前、閑散とした広場)ボクらは船の客を買い物に誘う無料シャトルバスを利用してバス・ターミナルに行き、そこでマウイバスに乗り換えラハイナの町に向かうことにした。

野越え山越え45分間かけラハイナのワーフ・シネマセンターでバスを降りた。海辺に出ると一本のバンヤン・ツリーの大木に目を奪われた。テニスコート二面ほどの広場いっぱいに枝を広げる大木だ。ラハイナはホエール・ワッチの基地だ。残念ながら鯨シーズンは4月で終わり今ははシーズンオフ。それでも海辺にはカジキマグロ釣りやイルカ探しの船、観光潜水艦の受付ブースが軒を連ねていた。(下の写真は海辺に建つコロニアル風の木造ホテル)

バンヤン・ツリー広場から西側に伸びる道に沿ってレストラン、土産物店、工芸細工店、美容院、アイスクリーム店、画廊など賑やかに並ぶ。町は教会の尖塔をのぞいて樹木より上にそびえる高層建築物は見あたらない。ボクはバス乗り場を見失い街路樹しげる住宅地をさまい、もう少しでバスに乗り遅れるところだった。でも$59の行程が往復$4で済み、すっかり気分が良くなったボクはバスの運転手さんにチップをはずみました。
  


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2019年06月25日

船内で迷子になったら足もとを見よ(ハワイクルーズ 番外)

先にも書いたがプライド・オブ・アメリカの船内はちょっとわかりにくい。ボクは二度ほど廊下の先の行き止まりにぶつかった。この船は最初アメリカで7万トンで建造されていたが、途中で施主が倒産し他社の手にわたり、未完成の船体のまま海を渡ってドイツの造船所で工事が続けられた。その際に8万トンにストレッチされ、工事中に荒天に出会いひっくり返る事故もあった。2005年に就航した後2016年にも改装工事を経ている。それらの影響か最上階甲板の船尾側に不思議なゆるいスロープがあったりする。また深夜の航海中、大波もないのに不気味な軋み音がギシギシ聞こえた。

そんなプライド・オブ・アメリカの船内で迷わないためのヒントを、コーディネーターのミドリさんから教わった。廊下で自分の船室がわからなくなったら足元のカーペットをご覧なさい、といわれた。そこには銀色の小魚の群れが一方向へ泳いでいる絵柄があった。小魚の進む先が船首方向で、群れの中に一尾反対方向を向いている赤い小魚の進む先が船尾、というわけ。あとは船室番号の若いほうが船首側であることを手がかりに自分の部屋を探すのだが、みなさん、この船で迷ったら真っ先に足元を見よう。

しゃれた気づかいを紹介した後で水をかけるようだが、こんな光景もあった。写真はボクらの部屋のベランダの手摺だ。久しく塗り直しをしてないとみえ、ご覧のようにニスがハゲてガサガサだ。ボートデッキなど他の階の手摺はみんなツヤツヤだったから、8デッキだけ塗装待ちだったのか、とシンシャクしたが客船として減点だな。甲板員が忙しいのか知らないがちょっと残念でした。

  


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2019年06月21日

一週間で4島を巡る (ハワイクルーズ その4)

下の図はプライド・オブ・アメリカのハワイ4島巡りクルーズのコースです。

土曜の晩ホノルルを出港。翌朝にはマウイ島カフルイに入港して二日間停泊、そのあとハワイ島ヒロとコナに入港。最後にカウアイ島ナウイリウイリに寄港、あわせて3島に二泊づつとまって土曜日の朝またオアフ島に戻る8日間コース。(4島といってもオアフ島は発着地だから島内観光は個人の自由だ)いまは日本〜ホノルル間の航空便も多くなったから、ホノルルで前泊も後泊もせずにプライド・オブ・アメリカの船旅を楽しめる。

考えてみればプライド・オブ・アメリカはハワイ諸島の定期船(ライナー)だ。毎日曜の朝にマウイ島カフルイにやって来る。そして火曜はハワイ島のヒロ、水曜はコナ、木曜はカウワイ島ナウイリウイリを訪れ、土曜にはオアフ島に帰ってくる。毎週変わらない。島の人々には顔馴染みのポストマンみたいな存在かもね。乗客のアメリカ人はパスポートの代わりに運転免許証を使う人もいたな。
  


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